甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信が争った 川中島の戦いというのは、実は十二年間に、 五回も起こっている。
これを近松門左衛門が浄瑠璃にて、 「信州川中島合戦」と、近松半二の「本朝廿四孝」、 歌舞伎では河竹黙阿弥の「川中島東都錦絵」に脚色。
謙信が信玄の本陣に切り込み、信玄が軍配で太刀を受けたと 伝わるこの一騎打ちの場面も、これら舞台の脚色だといわれている。 |
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盛岡の梯子乗りは、加賀の火消から250年ほど前に伝えられた 伝統あるものだが、文明開化を経て暫く途絶えてしまう。
この南部火消の梯子乗りは平成元年に復活し、 現在の消防の出初式でも披露されている。
直立した梯子に乗り、上で曲芸をするこの梯子乗りには、 様々な演目があるが、この山車では、「金の鯱」を飾る。 |
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